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体当たりとか不遇とか

演劇は作る人、演じる人の性格や人間性を如実に反映させるものだとつくづく感じます。
慶應義塾演劇研究会9月体当たりダブル公演企画責任、および「しばらく、不遇。」脚本・演出の須賀と申します。

みんな不幸自慢が好きです。
口を開けば誰かの愚痴。恨みつらみ、嫉み。私はこんなに不幸です。薄幸なんです。俺の人生こんなはずじゃなかったのに。生まれてくるんじゃなかった。こんなことになるくらいなら、死んだほうがましだ。
「人は皆、泣きながらこの世にやってきたのだ。そうであろうが、人が初めてこの世の大気に触れる時、皆、必ず泣き喚く。生まれ落ちるや、誰も大声を挙げて泣き叫ぶ、阿呆ばかりの大きな舞台に突出されたのが悲しゅうてな。」(W.シェイクスピア『リア王』より抜粋)

生まれた時から、不幸自慢。
そうでもしないと、この世の中やっていけないんでしょう。
やっていけないようにできているんでしょう。
その証拠に、こういう不幸自慢の大半は、当人がどうとらえているにせよ、周りの人間にとってはさして重要ではないことが大半です。しかも、他人の不幸は蜜の味というように、他人にとっての不幸が自分にとっての幸せになることも多々あります。
また、都合のいいことに、人の脳は辛かった過去をデリートする機能が備わっているようで、その時辛かったことも一年たつとだいたいケロッと忘れてます。

……おかしな話だ。
だからこそ、辛い中みんな頑張ってるとか、辛いときこそ生きる希望がどうのとか、そんな話を鵜のみにしてはいけません。他人を頑張らせようとする文句を言う人に限って、自分より不幸に見える他人がうらやましいだけなのだから。

不幸なら不幸らしく、清く正しく堂々と生きられたらどんなに潔いことか。


朝日というものは、美しいから残酷です。
運が良かった人にも、運が悪かった人にも、平等に朝は来ます。

私のこの駄文も、ある種不幸自慢なのかもしれません。

「明日もまた、同じ日が来るのだろう。幸福は一生、来ないのだ。それは、わかっている。けれども、きっと来る、あすは来る、と信じて寝るのがいいのでしょう。」(太宰治『女生徒』より抜粋)
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