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俺駒52 新しい土地で(川本)






音はない。

菜の花の甘い薫りと

明治期の油絵のようなくすんだ空と川がそこに浮かんでいるだけである。

360度開けた視界の上空には、光りを宿した水墨画のような雨雲が何層にも重なっている。

雲の隙間から漏れる陽光はまるで天界、幻想的な様相を呈している。



ふとメロディにならない音楽が頭の中で浮かぶ。

ブライアン・イーノかなにかのアンビエント。



私は新しい土地にやってきた。

利根川の雄大な流れは、都会の雑踏や何かに追われるような生活の焦りを忘れさせる。



思えばこの4年間焦りっぱなしだった。

心が落ち着くことはなく、常に何かに突き動かされるように慌しく走り回っていた。

私はそれを否定しようと言うわけではない。

2012年劇研に入会したあの時から、何かにとりつかれたような感覚が胸の内で燻っている。

新人公演の、あの何も見えずに叫ぶしかなかった、それでいて叫ぶことで世界に何かを残せた気になれた、あの時間の続きに私はいる。



演劇とは面倒くさい営みである。

同じ言葉を何度も何度も繰り返す。

同じ仲間と何度も何度も顔をつき合わせる。

時には踏み込むと大きなリスクが伴うような相手の領域まで踏み込まなければならない時もある。

スマートに生きることができない。

けれども、利害とか便宜とか合理性とかそういうものを忘れて、ただ純粋にその瞬間に集中できる。そうならなければならないのが演劇であろう。

そういう意味で演劇は愛に満ちている。

だからこそなのか演劇はやみつきになる。



一方で、私はそういう演劇の美味しいとこからすぐに逃げようとしてしまう。

相手が真剣に私のためになることを言ってくれたとしても、聞いたフリ。素知らぬ顔。主張だけは懲りずに繰り返す。

これでは相手がいる意味がない。何も聞いていない。聞こうとしていない。わかっているはずなのに、向き合わずに済まそうとしている。

ゲキケンの仲間達はそういう私に容赦ない声をかけてくる。

私にはそれが恐ろしい。けれどもその恐怖こそ、時には人をして人たらしめるのかもしれない。



4月から私はこの新しい土地で働く。

周囲は「社会は厳しい」という紋切り型の言葉で私を迎えようとするけれど、だからこそなのか私はワクワクしている。

過去にしがみついている人間はダサい。

儚さが美しいと言うにはまだ若すぎる。

完璧じゃなくていい。褒められるためにやっているわけではない。

ただただ余裕なく走り続けられたら、いつまでも高みを目指し続けることができたら、どんなに幸せだろうか。



卒業公演、無事9ステージ駆け抜けることができた。

演劇とは花火のようで、準備にはたいそうな時間がかかるけれど終ってみるとあっけない。

「卒業だから」と強い思い入れをもって製作していっても、名残惜しむ暇もなく、また次の営みが始まる。

寂しいようで、改めて気が引き締まる思いである。



過去にしがみつく人間はダサいと書いた。

けれども、過去が必要な時がある。

そのときは芝居に熱中したこの4年間、どうか私に力をかして下さい。



川本恭平



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3月卒業公演「俺達は駒じゃない」にご来場くださった皆様、誠にありがとうございました。

そして、4年間ご支援いただいた皆様、重ねて感謝申し上げます。



今後とも慶應義塾演劇研究会を何卒宜しくお願い致します。



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